機械の音。誰かの雑な返事。フォークリフトのバック音。そんなものにまで神経が引っかかる。疲れているのだと思う。疲れていると、人間は世界の全部に棘があるように感じる。
休憩時間もしんどい。
本来なら身体を休めるための時間なのに、狭い休憩室に座っていると、逆に神経が削られる。誰かの会話、沈黙、視線。どこにも逃げ場がない。ひとりになりたいと思う。でも、そういうことを考えている時点で、もうかなり消耗しているのだろう。
もう辞める同僚もいる。
人が抜けるたび、空気が少しずつ荒れていく。残った人間だけで回そうとして、結局みんな余裕を失っていく。職場というのは、壊れ始める時は静かだ。
自分も上達している感じがしない。
毎日同じように働いているのに、いつまで経っても「できるようになった」という感覚がない。周囲は普通にこなしているように見える。そのたびに、自分だけ取り残されている気がする。
全てが嫌になる瞬間がある。
仕事も、人間関係も、自分自身も。
ただ、そんな状態でも明日は来る。朝になればまた起きて、同じ場所へ行く。これが人生なのか。
阿部慎之助を思う。勝っても文句を言われ、負ければ全部背負わされる。あれだけの重圧の中で毎日ユニフォームを着るだけでも、相当消耗するはずだ。
それでも結局、最後は家庭内トラブルで辞任した。人間というのは、外から見える批判より、身近な場所の軋みのほうが深く効くのかもしれない。仕事の疲労はまだ耐えられても、家庭まで崩れ始めると、一気に心の支えがなくなる。
そう考えると、誰もが本当はギリギリのところで生きている。