内定辞退すること

朝。雨が降っており、まるで天気が自己投影されたようで、自分は70キロ先の僻地へ向かうことにした。使い古されたスーツを着て、ネクタイで首を締め、自分はやがて出発した。
雨の影響か出だしで烈しい渋滞に巻き込まれ(ガソリン代が高騰しても渋滞はなくなりそうに無い)、それでも、車内で特に気持ちの整理をすることもなく、ただ田舎道に入っても淡々と運転をし、1時間40分掛けて会社へ到着した。
会社。自分は戦々恐々と受付に出向き、会議室に通された。
待っている間、狂うほどの恐怖を感じました。象が目を輝かせながら草木を食べる様は傍から見れば可愛いかも知れませんが、実はその足で何匹もの蟻を踏み殺しているという現状。そんな現状を知ったときのような恐怖心が自分の気持ちに芽生えていました。
やがて人事が現れ、自分は礼をし、話をし始めました。途中、お茶が運ばれて、ギクシャクとした空気が流れ、自分はその茶を歯痛に襲われているかのごとく、口付けするように飲み、また話を聞きました。
承諾書。承諾書が提出された時点で社内は歓喜だったということを人事は述べており、そんな言葉が、グサリと、自分の胸を突き刺したわけで、自分は実に卑劣で、許しがたい男ではないかという感覚に陥り(しかし、内心は抵抗していました。承諾書を出さざるを得なかったのだ、と。もちろん、そんな抵抗句は言えるはずも無く)、人事の言うことにただひたすら首肯するだけでした。自分は誠意を見せるためか、いや、単にマニュアルに従っているだけなのか、手紙を持参しており、その手紙は汚い字で手書きされており、どうにも便箋が細長かったためか、封筒に入りきらず、不恰好に封筒の口から便箋が飛び出した形で、提出しました。やがて自分の就職先を聞かれ、そのうち、頑張れ、と、激励され、ポンと背中を叩かれ、送り出すように見送られました。
時間にしてたった5分程度の面談。感じたことの無いショックだった。人から非難させられたり、怒られたりしていい気持ちがするものではないことは分かっていたが、激励されて恐縮するという気持ちは非常にややこしく、整理しにくいもので、何だか変に哀しかった。
外へ出ると、どういうわけか雨は止んでおり、蒸し暑い車内で打ちひしがれながら、また、70キロの帰路に着いた。運転しながら自分の脳裏に浮かびあがってくるものは、カレーであった。自分はカレー屋でウインナーカレーを食した。
それが、この日の出来事だ。