小学校のとき避難訓練があり、教訓めいたものをこんこんと校長が述べておりました。
「おかし」の教訓(あるいは「おはし」の教訓だったかも知れませんがこの際どうでもいいのです)。

お…おさない
か…かけない
し…しゃべらない

自分はその教訓を避難訓練以外でも忠実に守り続けてしまったのです。
やがて消極的な体が鈍い寡黙な色白男は気だるい喪失感に悩まされることになりました。