無題

先祖代々続いている長い歴史が今この瞬間をも生み出しているのだけれども、それにしてもトラウマの蓄積とも言うべき無数の日常を途切れさすこと無く、やり過ごしてきているのかと思うと、改めて人間というのは頑丈な種類の生き物だと思う。

二月十日、粉塵に塗れた走行距離13万キロを超えた軽トラックの車内では鼻水を垂れる鼻穴に対し、ティッシュを千切って押し込む処置をしながら青年は目的地に向かっていた。鼻詰まりの感覚はプールの中で水を穴に吸い込んでしまったときの感覚に似ている。塩素混じりの水が容赦なく鼻穴に入り込み、少年の呼吸を苦しめる。泳ぎを中止し、「ゼーハーゼーハー」と空気を吸って、鼻に入った水を出していると独特の匂いと血走った感覚が鼻の中に拡がる。そのときの感覚だ。
夜は布団にへばりついて眠り、朝は寝ぼけて家を出る。そんな生活を過ごしていることが健康だとしたら健康なのだけれども、常に危険が伴う不安に纏われた仕事をよくもまあ皆、絶望せずに継続していると思う。毎日、交通事故や殺人事件の報道がなされているけれども、皆はそんな報道をどう捉えているのかは知らないが、私は他人事ではないと思う節があるので、外へ出るときは戦々恐々としている。しかし、これはどうも健康的な思考ではないらしい。他人事は所詮、幽霊のように微かに気に留めておく程度で、そうして自分のやることを集中してやる。どうもこれが健康な人間の本質のようである。