エンプティ・エンプティ2 (10,648字)

(一)

 とある終末論の中での一つの区切りである二〇一二年十二月二十一日から二十三日を終えたものの、地球は何事も無く、幾許か信じていた間抜けな私の期待は裏切られ、死の観念がまた遠のいた。生きることへの軽い失望感を携えて、もはや生きるしかなくなった。


 はてなダイアリー。人生経験が不十分かつ人生にどん欲で、小心者、感受性の強い、失調症気味の青年、自分のことばかり考えて話の中の出来事がすべて自分と関係があると思い込む人、軽度の狂人、あらゆる性癖の変態性欲者。私や私の好むブログ作者に大体当てはまる性質である。けれども会ってみれば案外に普通の人々なのであろう(私は度々内的な動機でネットを通じて人と会うとある種の衝撃を覚える。不気味な雰囲気が一切なく、見かけがいかにも平凡で、朗らかですらあるということに)。私はそうした人々に宛てて書いていくことにする。

(二)

 七月、とある掲示板の募集を通じてメールで知り合った山形の女性と会うことになった。女性は旅館で働いており、午前中の仕事を終えて、夕方からの仕事を控えた昼間に会ってくれることとなった。
 朝、ホテルをチェックアウトし、藤沢周平記念館などに立ち寄り、時間を費やしつつ、正午となり、私は待ち合わせ場所の神社に佇んだ。孔雀の鳴き声が聞こえる。神社側の公園に設置された檻に孔雀がいることを発見する。大きな羽をバタつかせながら檻の上で自由に飛び回る烏に対して鳴いているようにも思われた。
 待ち合わせの時間を十分過ぎても来ないのでメールをする。しばらくすると、遅くなるとのメールがやってきた。それから待つこと一時間。引き続き烏が孔雀を冷笑しているような感じや、訪れる参拝客や、軽鴨が池の側で散歩や休憩している様子などを眺めながらまだ見ぬ女の顔、体つきなど、暗鬱な空想に浸っていた。永い待ち時間であった。
 女性は花柄のワンピースで走り寄って現れた。学年は私より一つ下だが、同い年のその女性は弾力のありげな色白の肌、簪で髷を整えており、極めて古風な出で立ちであった。現れた瞬間に私は石化してしまったことを感じた。私は何をしに来たのだろうかと思った。ただ電車を乗り継いで五時間掛けてやってきた山形の地には、あらゆる意味を考えずに走ってきたに過ぎなかった。神社に佇む石碑も、時折降ってくる小雨も、通りがかりの参拝客も、孔雀の鳴き声もただ私に無関心に存在しているだけであった。
 こうした状況下で初対面の人間に対して人は何を話すのであろうか。話す言葉を私は持ち合わせてはいなかった。物品がおそらくこの場を救うものだろうと、私はいつものように安易に考えて贈答品を用意した手提げ袋を持ち歩いていた。けれども会った直後に「お腹空かせてしまいましたね」と言われ、まだ出す時機ではないと手を引っ込めた。
 昼食を取ろうということで女性の案内ですぐ近くの蕎麦屋へ出向いた。お水を出され、各々の注文品が決まり、店員を呼びとめて注文する。蕎麦が運ばれるまでの時間、双方で情報のやり取りをする。昨日はどちらで泊られましたか、何か部活はしていましたか、大学で何を専攻していましたか、休日はどのくらいですか、などと。私は人間的関心を保つことに躍起であった。今、世の中で心を開ける相手は眼前の者しかいない、と思い込みながらでないと身の上話すらできない性質なのである。
 問いと答えを、一定の空白の間を置きながら話しているうちに蕎麦が運ばれてきた。
 蕎麦は黙々と食べることにしていた。ただ、味わいながら食べていると、女性もまた黙々と蕎麦を啜りこんでいた。何も語らず、ただ初対面の女と共に蕎麦を啜りこむその様子は玄妙な行為のようであった。
 店を出ると、女性が運転する自動車でドライブに行くこととなった。だだっ広い田園風景を眺めながら、車内というシェルター空間が弛緩した空気をもたらすのか、不自由なく他愛もない話をすることができた。それが続くか続くまいかはさておき、人と打ち解けることは案外、あっさりできるものだな、と感慨も無く思った。
 二十分ほどすると、寺に到着した。曹洞宗本山総持寺の直末寺で、境内には五重塔や棲み家が存在していた。我々は石段を登り、その神秘的な雰囲気に溶け込んでいた。
 二人は各々百円の御神籤を引いた。二人とも大吉であった。私は愚にもこれを運命的な出来事と捉えられないだろうかと、ふと横を見るも、ただ自身の大吉である籤の運勢の説明文を流し読みながら何を考えるでもない風な女が佇んでいるだけであった。
 寺を出ると、既に女性の夕方の勤務時間が迫っていた。駅まで送ってもらい、私は用意していた贈答品を渡した。ぬいぐるみと菓子であった。女性は驚き、喜んでいた。別れて駅のベンチに座ると、数分後に女性が土産屋で菓子を買って持ってきた。気を遣ったのであろう。二人は会って三時間弱ほどで別れた。 
 その後、このままこの街を出るのももったいないと思い直した私は、駅近くの喫茶店に出向いた。桜桃のパフェを食べたかったのである。
茶店は昔ながらの雰囲気であった。客層も店員も中年であった。おばあさん店員が灰皿を持ってきた。いえ、煙草は吸いません、パフェをください。注文してざっと周りを見渡すとインベーダーゲーム付きの席もある。おばさんが一人でエビドリアを注文している、ビジネスマンがコーヒーカップ片手に煙草を吸いながら何かを思案している。
 BGMのクラシック音楽とテレビの大相撲名古屋場所の中継音声と店員同士の談笑が交錯する。その交錯した音は私の動揺を奪い、心を綿毛のように穏やかにした。


 旅を終えてからも旅館の女性とメールでやり取りは続けたものの、次第にメール頻度が低くなり、会ってから三カ月程すると、ぷつりとメールが送られてこなくなった。女性が、私の犯したい風な薄気味の悪い雰囲気を読み取ったのか、ただ単にメールが面倒臭くなっただけなのか、何なのか理由は分からない。けれども経験上、女性に対して無理強いをすることは自身も相手をも無気力にする虚しい作用に過ぎないと考えている私は、そのまま関係が霧消しても構わないと思った。

(三)

 八月、自動車のダッシュボードはホットプレートのように熱くなっていた。太陽はかんかん照りで、腕がかぶれるから黒い腕ケースをして、半袖のつなぎを着て汗だくで作業をして、少し最寄りのスーパーに寄って休憩していたらベンチに座っている見知らぬ爺さんが遠くから「ご苦労様!」と宣ってきた。最初誰に言っているのか分からず、爺さんの近くにいた主婦は戸惑っているのでどうも違う、じゃあなんだ、私に言っているのか。とりあえず会釈をして『あっ、どうも』って、なんだかな。あの爺さんも昔は頑張って稼いでいたのだろう。死んだ自分の爺さんや婆さんも若い頃、知らない年輩者に激励されたらこんなこと考えていたのかな。何度も繰り返されていけばいいな。


 こうしたことを書いたからといって、私を健全な精神の持ち主であると速断されては困る。私は人よりも劣っていることを常に体感している。社会に出て四年目になるが、肝心な仕事はまるで任されてはいなかった。事実、その日も機械のシールを貼る仕事だけをやらされてそれを失敗して情死、いや、上司に呆れられたのであった。 
 盆が明けても相も変わらず仕事では汗と粉塵塗れになっていた。毎日が判を押したような日々。ただ不鮮明か一部が欠けているか、朱肉が多いか少ないかそれだけの違いのようで基本的に同じような生活の判に押さえつけられている。同じ時間に起き、同じ時間に朝礼をして、ミーティングをして、作業をして、土曜祝日も出勤をして、同じ動作を繰り返して技術も身に付かずに疲労だけが溜まると自分に問わなければならない。お前、この人生でいいのか?


 疲れていた。三年ぶりに煙草を吸った。吸いながら私は転職を考えた。自分のタスポを使って不良中高生に貸し出す商売を考えた。「ハーイ、そこのこまいボーイ」と言った上で交渉し、自販機の前で手数料分を取って商売してみようかと考えた。それは儲からない、違法で無謀であることはとっくに認識していたが、ただ考えていた。こんなことを平気で考えるほど疲れていた。気を遣っているのに気を遣っていない能天気な人間扱いされるのが酷く堪える。世の中は遊園地ではない。転職は無理だ。野たれ死ぬか。
 生活に対し、折れたナイフを振りかざすような虚無を常に感じていた。自棄になりかけていた。どこかへ行きたかった。どこかで誰かと出会いたかった。ならば癒しを求めよう。女性であった。私には不道徳な勇気が蓄積されていた。怪訝な掲示板を覗き、三宮でパンティーを売ってくれるとの女の書き込みを見て、私はふしだらに連休を利用してわざわざ三百キロ以上離れた三宮まで出向くことにした。
 三宮であろうと、パンティーであろうと何の契機でもなかった。ただ、私はムーヴメントを起こさざるを得ない、というのが真情で、結果として青春18きっぷを利用し、パンティーを求めて三百キロ超えの鈍行列車の旅に出ることにした。
 当日、肩掛けバッグ一つで昼間に地元駅で青春18きっぷみどりの窓口にて一万一千五百円で購入し、改札に突入した。改札印が押された瞬間に、いつもの押さえつけられている生活の判とは違う一日が始まると、感じた。
 西へ向かう列車に乗る。私が乗車中、読書と音楽を楽しんでいると、着席順からしても初対面であろう、前に座る若い男と女が敬語でちゃべちゃべと会話を繰り広げ始めたではないか。旅の話をひたすらに軽快に繰り広げている。やがて、その二人はまんざらでもない表情をしながらFという駅で一緒に降りた。車内で友人ができるのはないこともない現象であろうが、コミュ障の私にとっては初対面で軽快に話すのはまるで超人的行為というか常軌を逸脱しているとしか云いようがない。
 そして自分はこの日、惨めにもパンティー売りと対面を果たすわけなので、正直その二人が羨ましいというか、腹立たしい気持ちになったが、それは人間嫌いの自分の性格の歪みが原因であろう。よくも私は今まで殺人も傷害もせずにいると思う。
 列車を乗り換えてまた西に向かう。でかい声の関西弁が眼前で飛び交う。男と女の若者だが何かアルバイトか仕事の話を繰り広げている。ふと車内の臭いが子供の頃のボール遊びで使っていたボールの臭いに似ていると思う。そうしてもう一度乗り換える。
 大阪駅を過ぎた辺りでパンティー売りからメールが来る。待ち合わせ場所変更である。当初の待ち合わせ場所は阪神S駅であったが、JRのM駅へと変更となった。そうしてJR三ノ宮駅で乗り換え、待ち合わせのM駅に着く。
 私は三ノ宮駅辺りからどうにも緊張感を携えていた。パンティー売りは成人であると募集しているし、法的には問題はない。けれども騙されている可能性も無くはない。危ない男に囲まれて死や廃人になる可能性も無くはない。だが乗り換え時も私の足は滞る気配がなかった。私はどこかへ到達したかった。
 目的地のM駅前に佇み、待ち合わせ時間となる。駅前には様々な若者が佇んでいるので見分けもつかない。メールをする。自分の服装の詳細をメールして警戒感を高めながら待つが女からメールがやって来ない。何の焦りもなく、この女か、あの女か、駅前を歩く女を曖昧模糊に観察する。
 そうしてメールがやってくる。「分からないから某飲食店の前にいて」とのことである。仕方なくマゾヒストな気分でバカみたいに店の前に立つ。何か晒し者のような気分で、まさかヤクザがこないだろうな、と思い、ヤクザが着た際の逃げゼリフを二、三考える。そうして当初の待ち合わせ時間から五〇分遅れで女は現れる。
 眼前にやってきた茶髪の女は八重歯を見せてこちらをまじまじと見てくる。そうして私はこの人だろうなと思い、「こんばんは」と独り言のように唱える。すると女はまだまじまじと見ながら微笑して「お金先いいですか?」と発する有り様。それに加えて「人目につかないとこで」とまで述べてくる。八重歯の大学生風の女に金を渡すと即座に札を数えられ、女はぞんざいなビニールのコンビニ袋を渡してくる。袋にはパンツとブラが入っている。
 お互いにブツをしまい込み、礼を言うと自称二十歳の女は小声で「また買って」云々を言う。二人は蜘蛛の子を散らす如く別れる。会って別れるまで一分ほどの出来事である。
 取引を終え、JR三ノ宮駅に戻り、コンビニで夕食を買い、近くのホテルにチェックインし、風呂に入る。風呂から上がり、部屋で例の袋を開け、女の使用済みと思しき汚れたパンティーとブラを眺めるも何の感慨も無く、何も面白くない。そうして突発的に意を決する。瞬間、パンティーを貪る様に自慰を行使しだす。そこには何の迷いもない。パンティーを噛み千切らんとするその獰猛な様は俯瞰で見ると獣のようである。射精をした獣は眠りに就いた。
 この日、獣として凶暴な欲求に踊らされ、人間として大敗した。いいことだ。私は敗北の極致を味あわなければならなかったのだ。敗北の極致は明日の出発の光源となる。

(四)

 九月、私には快楽の観念が何もなかった。休日はアニメもゲームもスポーツもギャンブルも興味が無く、友人も無く、ただ漫然とネットサーフィンや本を流し読みする程度の暮らしをしていた。たまに高価なランニングシューズで走ってみたりもした。しかしながらファイト、ファイト、ファイト、ファイト、ファイトってバカ野郎!しんどいわ!とまるで休み休みとしか走らない無様な体であった。
 そんな無趣味生活にも度々限界が訪れる。女体の温もりに対する希求。パンティーなどでは駄目である、女体、これに勝るものは無かった。本能的に欲するものには抗えない。女体に触れたい、温まりたい、ただそれだけであった。
 私が二十二歳のとき、初めてデリヘルを利用し、初めて愛撫を行われたときの喜びはそれまでの長い未経験時代の想像上の歓喜の百分の一にも満たなかった(想像上の性行為とは官能の極致に位置付けられている。しかしながら実際には生活の延長線上、いや、それですらない生活の中の一つの単純作業に過ぎないと思わされ、酷く幻滅したものである。私はその時、想像上の歓喜のイメージを取り崩すか、現実の性体験における歓喜の探究をするかを迫られた。結局探究をすることにしたのである)。そうしてその後、数回性体験をしたものの、未だに想像上の歓喜の十分の一ほどの歓喜しか現実の性体験では味わってはいないのである。想像上というよりもおそらくDNAというものが官能の極致を覚えているのである。私はその極致をひしと追い求めるべきだとは思っている。人間のあらゆる体験というものはおそらく既に下書きが済んでいる。それをただ、漢字ドリルの練習のようになぞれば悦びを味わうことが出来る筈なのである。けれども、その官能の極致を現実で追い求め、なぞるだけであろう行為に辿り着くことはあまりにも難儀だ。それに、辿り着いたとて歓喜を得たところで女と違って男は「ちがう男」に変貌はしないのではないか?


 兎に角、私は昼間からラブホテルの駐車場へいそいそと入る。フロント前のパネルを見ると、ほとんどの部屋のパネルが暗くなっており、使用中とされている。二つのパネルだけが照らされており、そのうちの安い料金の方の鍵を抜くと、パネルが暗くなり、無機質な入館案内のアナウンスが流れる。エレベーターの前で上昇するためのボタンを押す。誰かと鉢合わせになるだろうか、とぼんやり考えたものの開いたエレベーターには誰も乗っていなかった。上昇する。階に着き、部屋の鍵穴に鍵を差そうとするものの、噛み合わせが悪いのかなかなか突き刺さらない。三回ほど抜き差しして鍵を回し、ドアを開ける。
 部屋の中は広く、清潔かつ隠微な雰囲気で居心地も好い。個性を出そうとしている人工的な照明が却って部屋の個性を無くして平凡さを醸し出しているように思える。携帯電話を手に取る。
 部屋に入るまでは順調なのだが、電話をするという作業をするにあたって様々なことを考える。電話が苦手な者にとってはデリヘル業者のサイトに接続し、電話番号のリンクを押し、通話ボタンを押すまでが酷く特別なことに思える。
 射精したければ電話をする、簡単なことだ。ただ、この簡単に思われることは本能的に行使できないようだ。毎回、酷く罪深いことをするような気がして狼狽する。
 己の性欲を感じる、このまま欲情しつつの日常生活では様々な支障が出る。射精することを考える。けれども自慰は厭だ。人肌が恋しいからだ。だったら彼女を作ればいい。簡単なことではない。だったらホテルに行こう。ホテルに着いた。デリヘル業者に電話して頼もう。…。冷房は効いているものの、通気が悪いせいでどこかむさ苦しい、そんな部屋で一人、なかなか意を決せず、どうしたものかと電話片手にぼんやりとする。それまでさんざ覚悟をしていても、結局は通話ボタンを押すまでの最後の十秒、五秒が本当の覚悟なのだ。それ以前は似非のようなものだ。
 十分ほどフリーズして、ようやく通話ボタンを押す。コール六回目で繋がる。「はいもしもし!」。ぶっきら棒な業者の男の声。このような男と繋がらなければ女体に触れられないという現実を毎度毎度浴びせられる。けれどもデリヘル利用は、人生は、あらゆる設問を突破しなければならない。
 「お願いしたいんですけど」。間髪いれずに「女の子は?」「白くて細い子」「わかりました」「ホテルは?」「○○ホテル」「コスプレ無料ですけど、セーラーとブレザーございます」「じゃあブレザーで」「ではすぐ向かいます」
 電話を終える。そうして嬢がやってくるまでのタイムラグが押し寄せてくる。なんともいえない。もやもやしている。ぼんやりとホテルに置かれているてんやものお品書きを眺めてみる。ハンバーグセット、カレーライスが七百円。ご飯もののメニューにはいずれも横に「国産米」と表記されている。他にもちうどん店、ピザ店、ビビンバ店、弁当店のチラシがラミネートされて置いてあり、無論食べる気は無いが、あらゆる食の選択肢を提供されている状況に安堵を覚えながら時間を浪費していた。
 そうして、電話をしてから十五分程でドアのノック音が聞こえる。ドアを開けると、女性。色白で普通体系の女性。ドアを開けて支えていると「大丈夫です〜お部屋の方にお入りください〜」。振り返ると部屋の中の無言のテーブル、椅子や装飾品がにわかに活気づいたように思えた。
 「はじめましてルミです」「お名前は?」『イシゲです(偽の苗字。大抵、元巨人軍の抑え投手の名字を使う)』「苗字じゃなくてさ!下の名前は!」『えっ?名前は○△(私の本名)』「○△ちゃんか〜よろしくね」。陽気な嬢である。色白の顔のこめかみの辺りににきびがある、女の眉毛はきれいに整えられている、私は子細に嬢を観察した。それは愛しさを見つけ出すためである。
 「時間は?」『六十分で』「(嬢が業者の男に電話する)もしもし六十分です〜」「では一万五千円です」
 「では準備しますね」と嬢は何やらイソジンでうがいをしにいって、そのうち「はい、脱いでね」と常に微笑を持って応対する嬢に服を脱がせられ、沸かしといた風呂に入る前にシャワーを浴びる。あっという間に二人、全裸である。シャワーと溶剤でイチモツを洗ってもらう。でっかいですね。初めて言われました。ではお風呂に入りましょう。お休みの日は何をされているのですか。読書とか。へぇえスゴイネ。
 風呂に入る。今日の午前中は何してたの?車屋に行ってオイル交換してたよ。そうなんだ。社会人なんですね、大学はどこ?○×大学。ああ○×なんだ。高校は?○◎高校。いいじゃん!高校入ったらダメになったよ、中学までは勉強嫌いを誤魔化して勉強してただけ。へえ高校で遊んじゃったんだ。(遊んでないけど)そうだね遊んでたよ。
 それにしてもかわいいね(打算でなく)。そんなこと言ってくれるの○△ちゃんだけだよ〜。そちらは休日何してるの?買い物とか、仕事とか。仕事休みの日は何してるの?買い物とかメイクとか、仕事とか仕事とか。
 浴槽の中で対面し合って会話をしている。女の汗ばんだ顔、目をじっと見る。女の体温や女の髪の匂いを感じる。全裸で目を合わせ続けるという行為があまりに官能的なことであると確信する。
 会話に関しては頓珍漢な応答を繰り返し、すっかり上せてしまって風呂を出る。風呂上がりの冷ややかな空気を身に纏うと、金銭を介在させていることを自覚してしまう。
 ベッドの側で待っていると唐突に「本番やる人?」と云われ、『いややらないです』と返す。「実はね、あたし膣をお客さんに傷つけられて使えないんだ」「お小遣い貰って本番やってたんだけどね」。気の毒になってきた。
 『(本番できないとか)いいですよ、気にしませんし』。「攻める方?」『いえ』。「攻められる方なんだ、精一杯攻めるからね」。愛しいと思えた。  
 コスプレのブレザー服に着替えた嬢に『可愛い』と言うと、ペニスを手でしごかれ、乳首などを舐められる。ふわぁとした髪の毛いい匂い。肌もまあまあ。胸おっきい。ただ、愛しい。


 シャワーを浴び、着替える。行為中に頻繁に舐められた右の乳首は服を着るときさえ、敏感に感じてしまう。「ありがとうございました」。そそくさと嬢は帰り、一人ぼんやり部屋を見渡す。この部屋で何百組セックスしてんのかな、回転が速いと部屋の片づけする人も大変だな、などと思いながら自動機に金を払い、鍵をフロント前に置いて去る。


 猛暑の灼熱の地へと出る。直射日光がジリジリとする、自身の煩悩を焼き殺してくれることを願いながら、私は動き出した。あらゆる人間が一服を済ませてから速やかに次の行動へ移るように。 

(五)

 十一月、ジョージから八カ月ぶりにメールが届いた。久しぶりに会って蟹でも食べようということであった。
 私が店に着いたのは集合時間の二十分ほど前。ジョージは複数の人間を誘っているらしいが、定刻になっても店の前にそれらしい人が現れないので意を決し、一人で入店する。『ジョージさんで予約取ってると思うんですが』と言うと席に通される。
 一人何と無く佇んでいると数分後にジョージと他、学生二人と知らない中年男性の四人がぞろぞろと登場。学生の内訳は女子一人、眼鏡男子一人である。私にとってはジョージ以外、全て初対面。何とも異様な空気である。
 乾杯をし、うつむきながら蟹を解体し、口に運ぶ。するとジョージが突っ込んでくる。蟹は黙々と食べるものだけど、と前置きしながらも「なぜ久々に会って黙々と食ってるんだ?」と冷笑。
 取り敢えず隣にいる、未発達な感じのインドアの因子を醸し出した眼鏡男に話を掛ける。私より七歳年下であることが判明。私が小六のときに幼稚園の年中くらいか。続いて露出の多い、少し肌の荒れた、年上に対する礼儀を重んじたような、まるで成功者になる術を訝しい中年に既に織り込まれているような色っぽい女子と話す。ああそうですか、来年卒業ですか。女子はジョージの下ネタにも動揺せずに立ち向かっている。国立大の彼氏がいると言っているが、まさにそんな(高学歴な人間と交際している)雰囲気は醸し出されていた。
 そうして謎の中年男性が話しかけてくる。名刺交換をする。薬売りの営業だそうだ。高齢化社会でご苦労なことだ。
 その場は最初からジョージと薬売りの二大巨頭の喋り場と化していたが、徐々にと薬売りやジョージらに対して突っ込みを増やし、場が打ち解けるよう努めるなどする。
 飲食の場とは性行為の場と同様、自身の稚拙さを浮き彫りにさせる場でもある。私は飯を食すのも不器用だなと思った。七歳年下に蟹の喰い方をアドバイスされてしまった。会社でも久しく無かったので、この日、飲み会に参加することが久し振りであったが、久々な感じを出さないよう出さないよう終始努めた。一次会は終了した。残った蟹をビニール袋に放り込み、蟹を持って、薬売りを除くメンバーで二次会会場へ移動。
 スナック風の店に着く。呑む。歌う。ハイだ。女子がいるって素晴らしい。ジョージよ、国会議員になんてなれるわけねえんだよ!保守王国に喧嘩売ったところで何にも響かねえよ。三年前に自民党に負けているようじゃ一生ダメだろ!店のママは持ってきた蟹を黙々と食べている。
 呑んで歌う。しばらくして女学生が帰ると言いだし、送るとジョージもひっつく。すると金魚の糞のように眼鏡男子も帰ると言いだす。眼鏡男子にとっては俺の存在は無きものなのだ!そして俺と蟹喰いママのサシになる。
 『二年近く彼女いないんですよ。なんていうかキッカケがないんですわ』「ああそう、女と男が付き合う会社でも立ち上げようかね。今時の若い子は呑みニュケーションができんからね、そういう場所でも提供しようか」『男は集まっても女は来ないよ』「女は来ないよね」などと会話をしながら焼酎水割りを啜る。『あの人(ジョージ)は溺愛してんだ、あの女学生に』「ほんと、べたべたしてたよね」『ふう、そろそろ帰ります』
などと言い、ジョージが帰り際に渡してきた一万円を上乗せして他は自腹で四人分の会計をし、独りで店を後にする。そうして私は、近くの手コキ店にいそいそと客が入っているのを蔑視しながら、今日も何の人望も得られなかった、とカニ歩きをしながら闇の路地を思案しながら歩いていった。

(六)

 十二月、雑踏。街を歩く、繁華街を歩く、田舎を歩く、どこを歩くも私に注意を払う者は一人もいない。今のところ、私はまだ重要ではない。人の注意を惹かない片隅の人間が大多数を占めていて、私はまだそれに属しているのである。こういう人間が生きようと死のうと、世間は何も感じない。一人の人間がどれほど惨く死に至ったところで、他のたった一人にさえ、その肉体的苦痛は伝わらないのである。今こうして文章をかいているときでも、どこかで誰かが泣いてどこかで誰かが発狂しているのだろうな、となんとなく思う。けれども人は、そのことに痛みを感じない。つまり自分が死苦に悶えているときも、その苦痛は世に広まらず、やがて無へと流される。そのことに何事か、と憤怒の情を抱いたところで、それは真の痛みから程遠い。
 聖なる夜、湿った疾風に意識は舞い上げられ、届くはずのない悲鳴だけが聞こえる。