彼岸明け

これまでの生涯においてこれほど欲情している時期はありません。しかしながら私の身の上にはまだ何も起きてはいません。果たして女体に触れたことがない、女体の妄想ばかりしているこの妄想者による現実との闘いは金曜日までに済ませることができるのでしょうか。
さておき、昨年、一昨年のこの時期、やはり日記が書かれていないことからどうやらこの時期というのは世間の慌しい動きに惑わされて、自身の思考が犯される傾向があるのかと思われます。今現在私が強く欲情しているのもやはり時期的なものが強いと思われ、それはおぞましいことだと思われます。
比較的気候も過ごしやすくなり、花も開花し始め、人々が右往左往している何とも慌しいこの時期というのは実に平和的な感じが致しまして、それはクリスマスや正月といった時期とはまた違う、気候までも植物までも人間までもが生き生きとしだす、恐ろしいまでの平和的な時期であり、私のような日陰の思考者にはとても陰鬱な季節なのです。
私はこの時期、新たな希望や期待などを抱く、または抱くポーズをとる人間を見てどうしようもなく眩しくなり、心中を雑多な陽の使者に犯されてしまうのです。
気候、植物の成長が上昇し、人々が新たな職業、身分に変更する際の何ともいえない変容期の匂いが道を歩けば常にまとわりついて、そのうちそのムードに毒されてしまう自分。気づけば、世間の変化に便乗したくなり、自身に対して強く「変化」を望んでしまう、「希望」を持つという危険な思考が出来上がってしまうのです。