「ヴィヨンの妻 〜桜桃とタンポポ〜」

昨夜、具合が悪いからこそ映画を観た。部屋に永延といたら何を考えるか分からない。レイトショーは安いし、客が少ないし、終わって外へ出れば暗いし言うことない。映画を観終わって帰宅するまでが「映画を観る」という行為だと思うので結構、見終わった後の余韻は大切にしている。


「酒、薬、女」。太宰治のこよなく愛するもの。これらが主役のようなそんなお話だ。松たか子演じる佐知は子持ちながら妙に色っぽくて天然で愛想の良い人。浅野忠信演じる大谷はまんま太宰像で破天荒でいて繊細である。そんな佐知と大谷のやり取りはぼんやりと鑑賞するには最適だ。終戦直後の日本の雰囲気が伝わり、陰気臭さと希望が混じりあった風景に哀愁がある。
いかにも「死にたい」という人ほど死に切れないもので、「酒、薬、女」に縋り、「死」を隣に置き続けて醜く怯えながら過ごし続ける大谷。人を喜ばせるために窃盗まで働き、傍から見ればだらしない様子で、苦しみを持ち続けてさまよい、さすらう。それでも密かに幸福な生活をしようとしている彼は自分を人非人と言う。浮気と浮気がぶつかり合おうとも、大谷が別の女と心中しようとしてもそれでも二人が過ごしていく様は一貫しており、爽やかささえ感じる。
最後の台詞、いつだってどこだって言えるセリフではない。頻繁にも使える言葉ではない。どん底の状況で不意にこんな言葉を掛けられたら生きていけるかもしれない。


それにしても太宰が六十、七十まで生きのびて、老大家になっていたならば、どれだけ救われていただろうか。


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ヴィヨンの妻―青空文庫