立ち去る週末

昼が夜に裏返ると、ポツリと嘆くようにまた雨が降り出した。相変わらず薄情だ。
牛丼店に行くと、無感情のまま券を渡します。平日の労働者ばかりの空間と違い、土日はどうも牛丼店でさえも客層がファミリーとかカップルという横文字の人々が多くおります。外食産業で働いてしまえば見ようとしなくても視野に休日を行使する人間が入ってくるのです。私にはこの業界は不向きだ、そんなことを思いながら、商品が運ばれてくるまで眼のやり場に困っております。ただ待つという行為はこんなにも虚しいものかと毎回毎回思いながら、ここは自身の行くべき場所だったのか、と疑いながらもそうして運ばれてきた商品をただ胃袋に運ぶ作業をするのです。やがて食べ終わると大概、無気力になり、去ります。
ゴルフの中継を久しぶりに見た。18歳の青年が30代とヒリヒリする闘いを繰り広げていた。18歳といえば18歳未満閲覧禁止の書物を読める年頃である。そんなオトナへの切符を手にする前からゴルフ青年は鍛錬し続け、確実に頂上に向かって上り続けている。
少年時代の私は、スーパーファミコンばかりしていた気がする(そんなんだから体が華奢で今を苦労することになるのだ)。ゲーム以外で外で遊ぶことも一応していた。山へ行ったり、竹やぶで基地を作ったり、ヘビを見つけて興奮したり。外で遊んだ記憶は爽快だ。高学年になるにつれてあまり外で遊ばなくなった。習い事も少しはしていた記憶がある。ピアノ教室、そろばん教室、水泳教室、通ってみたけど全て上達する前に辞めた。
小学校5年の頃、よく三人で遊んだ。友達の家に行ったとき「しまじろう」だかのアニメを見せられ、他の二人は真剣に見ていたが、自分は稚拙な内容に全く興味が持てなかった。その後、ボンバーマンのゲームをしているとき、コントローラーが二つしかなく、自分以外の二人がゲームに夢中になり、全く蚊帳の外へ追い出された。存在を消すことばかり考え、自分は何も言わずにその家を出た。あれ以来、二人の仲が親密となり、自分とは疎遠になった。三角関係というのは実に難しいものである。この関係において独りになることがこれまでの人生で多かったので、人間の友情の脆さというものを何となく知ってしまったわけだ。そんな私が12歳で覚えたものが自慰であった。寒い12月、電気じゅうたんにうつ伏せになっていて何となく動かすと気持ちがいいのである。もっと気持ちよくするにはどうすればよいのだろうか。こうすればいい、ああこんなことは考えてはならない、と思いつつ背徳感という言葉も知らない少年がうっかりと発情した瞬間である。当時はちょうど中学の制服を買った時に付いてきた小冊子に載っている制服を着たお姉さんにとても興奮してしまって、狂ったように何度も使用したのである。その後、中学の友人に兄貴からパクッたエロ本を見せてもらい、「何という世界だ!」と身悶えした。
世の中にはおかしな、そして美しい世界があるのではないかという空想が現実と化し、やがて自分は18歳になり、しっかり確実にエロ本を購入し、間違った自慰で鍛錬し続け、堕落したのでございます。