クリスマス

私は乗り物に乗っている時、本を読まない。以前は本を持ち込んだりもしたが、結局集中して読んだ試しがないので、今回は本を一冊も持って行かなかった。ただ、周りの音を遮断するために、使い古しのアイポッドを聴いている。それでも聞こえる声は、聞こえる。
家から地元駅に向かう際に路線バスに乗っていると乗客の帽子とジャンパーの男が突然、「○○行き発車します。お降りの方はボタンを押してください。○○行き…」などと声低く、バスに流れるアナウンスの台詞を不必要に連呼しだした。当然だが、どの乗客も相手にしない。駅に着いて降りてもその男はバスアナウンスの台詞を連呼し続けて、去って行った。駅にも沢山の人がいる。急ぎ足の人、忍び足の人、ツンツンした髪型の人。クリスマスであろうがなんであろうが皆、生活している。
駅に着いたら高速バスに乗る。二階席だ。窓を眺めようにも雪がザンザンと降り注いでいるため、ガラスにはぼやけた白い影しか映らない。物哀しい天候の中、のろのろと渋滞に巻き込まれたバスは、高速道路を這うように走る。狭い車内で佇む。パーキングエリアで休憩する際に外に出ると、解けた雪が靴の中に染み込む。車内に戻る。靴下を脱ぐ。暖房が弱まっている。だれてきた。
予定より40分遅く、6時間掛けてようやくバスが目的地の駅に到着する。雪こそ降っていないものの、ここも冷え切っている。地面を見ると吸殻が多いことに気づく。微かに川の臭いが漂っている。
待ち合わせ場所に行く。探していたら彼女の方から声を掛けられた。元気そうで何より。今晩のご飯を買いに行くことに。歩けどもスーパーマーケットの類は駅周辺には見つからない。冷たく、強い風が一大都心地に吹き付ける。都心地だけに乞食と騒音とシュールの世界がすぐ傍に滲み出ている。黒いポリ袋と異臭を抱えた浮浪者、ダンボールを敷いて草臥れてしまっている人(こういう人たちを見たとき、私は、「一番だらしないのは自分なんだぞ」と戒めて真剣に歩き出す。この思考がいいのか悪いのかはさておき)、サンタ風かつ路上占い師風の男など様々な人を見かける。
結局、百貨店で買い物をすることにした。人がごった返す百貨店。行けども行けども人の波。テキパキと販売する労働者たち、申し訳なさそうに台車を運ぶ労働者たち、物色する多数の客。バニラエッセンスを薄めたような甘い匂いが漂う中、彼女と手を繋いで何とか掻き分けて店を進む。惣菜、デザートを買い込む。
ホテルは彼女が予約していた。思ったよりも細い路地にあり、道に迷いながら何とかたどり着く。向かいには不穏なバーがあり、ホテルは雑居ビルが立ち並ぶ場所に立地されている。国語教師のような柔和なフロントの男性に接客され、鍵を受け取る。エレベーターに乗るが、雑居ビルテイストのエレベーターで狭く、おどろおどろしい。だけども、部屋は綺麗だった。
夕食を食べ、まったりと夜を過ごす。しっかり心身を癒し、翌日、二人でプラネタリウムを観に行き、充足感に満ち溢れた休日を過ごさせてもらった。