ひょうふっと博多(後編)上

怠慢で前編からディレイしてしまいました。分量の都合でさらに後編も上下分割しました。あしからず。

一月二日(午前〜正午過ぎ)

 朝起きて九時過ぎにホテルをチェックアウトする。一日二日と同じホテルの予約をしているのであるが、荷物を少し置いていってもよいだろうかと少し考えた後、所詮ショルダーバッグに全て入ってしまうほど大して荷物量もなかったので、全ての荷物をショルダーバッグに収めた状態でチェックアウトした具合である。
 ホテルを出て徒歩で十分も掛からないうちに博多駅に到着した。この日の博多の最低気温は一.五度と低く、博多駅前は雨が降って冷え込んでいる。
 

 昨晩、寝る前に携帯電話でインターネットに接続し、「福岡 観光」などと観光地を検索して二日目は福岡タワーを目指そう、後のことはタワーに行ってから考えよう、という粗い感じで二日目の朝を迎えたのである。
 そうして雨の降る中、しばらく博多駅構内をうろちょろした後、福岡タワーを目指すべくヤフー知恵袋で調べたとおりにタワー行きの博多バスターミナルの乗り場を目指す。乗り場に着き、時刻表を見ると、年始と云うこともあって間引き運転が実施されており、次のタワー行きの時刻は二時間近くも先であった。
 さてどうしたものかと、早くも計画が狂ってきた。ここで二時間も佇むのは時間が惜しい、とそこで二分ほど考えた後、タワーは後回しにしてとりあえず初詣でも行こうと携帯電話を取り出し、「博多駅から大宰府」と検索する。するとやはりヤフー知恵袋のQAが表示されて『地下鉄博多駅から天神駅まで200円(約5分)、そこから徒歩移動して西鉄福岡駅から西鉄太宰府駅まで390円(約40分)』という行き先、費用が提示される。
 なるほど、と地下鉄博多駅へと移動する。二〇〇円の切符を購入する。長方形の固い切符である。手触りは角ばっている。乗る、立つ、バランスを保つ、降りる、ものの五分ほどで天神駅に到着である。多くの人が同じように博多で乗って天神で降りており、何やら王道的な交通アクセスのようである。
 そうして徒歩で地下街を通り、西鉄福岡駅へ移動する具合である。ホームでは「大宰府駅との往復券は○○の窓口でも購入できます」などと初詣のノリ的なアナウンスが響き渡っている。とりあえず自動券売機で片道分三九〇円を購入し、大宰府駅行きの電車に乗るわけではあるが、出発時間が迫った段階で車中に入り込んだ為にベンチ仕様の席はほぼ埋まっている具合であった。そうしてドアの近辺に立って佇む。立っている時のメリットは堂々と車窓を眺められることである。これがベンチ仕様の席にちんと座っているとなると、首を後ろに一八〇度曲げて背中の窓から外を眺めることとなるが、私はそのような小二じみた行為をしてまで外を眺めたくはないのである。かといって対面の方の窓を見ようとすると、対面に座る客とちらちらと、目が合うのが嫌である。そうとなると席に座るより立っているほうがより景観を吟味できるのである。
 電車が走り出し、私はぼんやりと福岡の街並みを眺めていた。同じ日本海側でも雪国とは違って陽気な感じで風景が鮮やかである。ただうっすらと雪が屋根に付着しているくらいで寒々しさは景色からは伺えない具合であった。すると「あらー、珍しい。雪が積もってるわよ。あっちもこっちも、あらー」などと乗客の中年女性数人が雪をアッラーに位置づけたように素っ頓狂な声を上げている具合である。どうしたものか雪が積もっている様子は微塵も感じることはないのだが、どうにも屋根に申し訳程度に雪が付いている感じで騒ぐのだなあ、と毎年冬に雪に足を突っ込んでは乾かし、突っ込んでは乾かしを繰り返している雪国住まいの私は、文化ギャップを思い知る羽目となった。
 そんなこんなで大宰府駅に到着した具合である。

 何やら趣がある大宰府駅の前には数店、ジャンクフードの店が出ており、それを尻目に「大宰府天満宮→」などとあちこちに表示されている看板の指示に従い、歩を進めると云った具合である。
 
 人が大勢だらだらと歩いており、両脇にはラーメン店やら土産屋やら様々な店がある。初詣の「最後尾」の立て看を持った警備員の人のところに行く。前方は相当な距離を人が並んでいるようだ。

 ひたすらと牛歩する。

 池がある。この日はぐずついた天候で時折小雨が降るほど冷え込んでいる。
 
 人人人。

 こうなってくると初詣も一種の労働のような気がしてくる。

 やっとこさお参り。実に最後尾から三十分掛かった。

 御神籤(一〇〇円)を引くと末吉であった。唐突にNHKアナウンサーの末田正雄氏が頭に思い浮かんだ。単純に「末」つながりである。私は末田氏のボイスに弱いのだ。あの恰幅のよい体格から奏でられるどすの利いた声。NHKラジオでは夜7時台にニュースを読まれているが、この声は乳酸を溜め込んだ会社帰りの疲労時に聴くと、ことのほか体に沁み込むのである。そんなことはどうでもいいのである。
 さて、用も終えたので籤をくくりつけて、天満宮を後にすることにする。だらだらと牛歩している参拝者に対し、微かな優越感を抱きながらそそくさと横道から馬のようにパッカラパッカラと歩く。
 腹が減った。何らかの店で何らかの食物を購入し、食したい、嗚呼。と思う。

 その辺であっさりと梅ヶ枝餅(一〇五円)を購入。即食べる。美味。もちもちとした餅の中の熱々の餡が冷えた体に沁み込む。
 歩く。餅を食べたら腹が刺激されたようでさらに食欲が増す。腹減ったなあ。
 すると正午頃、大宰府駅前に『暖暮』というラーメン店を発見する。ラーメンはこの旅のタスクの一つであった。ここでさっさと消化してしまおう。ラーメン(六〇〇円)の食券を購入すると、どうも行列ができており、佇む。十数分ほど待ってようやく席に座る。食券を渡すと「麺の固さはどうなさいますか」「普通でいいです」「辛さはどうなさいますか」「普通でいいです」「ねぎは入れてもいいですか」「いいです」という風なやり取りをした具合である。
 そうして待つ。店員さんはえんやこら作業を施している。ジョッキにスポーツ飲料をなみなみと注ぎ、堂々とごくりと飲み、厨房での作業に戻るあんちゃん店員。熱いよ、熱いね。
 ラーメンが登場する。ラーメンを撮影しようとしたが、緊張したためぶれまくってしまった。雰囲気的に撮り直す気力もなかった。飲食店で飲食物を撮影することは今後なるべく控えたい。
  
 ラーメンを啜る。旨い。あっさりなくなる。隣の男性が「替え玉、麺固めで」と慣れきった風に替え玉食券を片手に申し出ている。するとあちこちで替え玉の申し出の声が上がっている。なるほどこのようにラーメン一杯食しても尚食欲が増進されているのなら替え玉と云うスープの中に麺を追加するやり口で腹を満たす所作が主流のようである。
 店を出る。大宰府駅前を徘徊する。ふと出店を見る。とあるジャンクフードの出店をやっている店員の一人がどうにも高等学校の同級生、相田(仮名)に似ている具合である。といってもただ似ているレベルで「(本人ではないだろうか?)」というようなレベルに達するほど似ているわけでもなく、「(ああ、まあまあ似ているんじゃね?)」的な驚くほどでもないレベルである。
 あれは高等学校三年の文化祭の時であった。校庭で出店やカラオケやコスプレ衣装に着替えた女子らが外部の者と触れ合う狂騒が轟く中、私は校内のパソコン教室で無為にパソコンでクイズとかやってるという、退廃的な時間を過ごしていた。その教室には一つのテーブルに二つのPCと椅子がある具合で、私が一人で席に座っていると隣に相田が座ってきた具合である。相田は決して根暗な部類ではなく、確かに色白で童顔だが、むしろスポーツとか得意そうでパソコン教室に来るような人種ではないと思っていただけに私は驚いた。カチカチカチと何やら数十分作業をした後、相田は「後でまた来るからこの席取っといて」と述べて立ち去った具合である。席を取るというカルマを背負わされるという予想外の展開に私はどうしたものかと佇んだ。
 すると数分後、相田が座っていた席に色黒の坊主頭の男が座ってきた。カルマを背負うならばここは断らなければならない。しかし当時私は、人に断りを申し立てることが(ましてや色黒の体格のいい男だったので)出来ない性質であったために、そのときも当たり前のように敬遠して色黒坊主が私の隣の席に座ることに関しては儀礼的無関心を貫いてしまい、咎めることは一切せず、要するにカルマを放棄したのであった。
 そうすると数十分後、相田が戻ってきて私の顔を見るなり「席取っといってって言ったよな?」などと至極当然、私に愚痴を当ててくる具合である。私はやむなく痴呆患者に扮して「えっと、あれ?あっそうか」などと愚昧な返答を施し、相田はその後、一切合切私に声を掛けてくることは無かった具合である。そんなあまりにも薄っぺらいオチもないことを逡巡しながら想起させつつ、私は相田そっくりの店員のいる出店を尻目に、大宰府駅へと向かったのであった。