小説「恣意的無題」

 他人のサイズに合わせるのが億劫になり、仕事を辞めようと思った。だけども宅夫は面倒な手続きが苦手だった。それでいっそと思い、深夜、部屋を飛び出してみたものの特段、行く当ても無い。
 とりあえず気分を高揚させたい。律儀にタスポを取得していたので、自販機でラークなぞという煙草を購入する。ワイシャツの胸ポケットに入れたが、普段買わない煙草を買うことで微弱なカタルシスを得た彼は、結局ライターを購入することも無く、吸うことは無かった。
 ハンバーガー店に寄る。日付が廻ろうとしている時に子供を連れた家族連れが食事をしている。赤子独りを含む三人の子供と若い両親と見られる。思い出すのは以前、宅夫がアルバイトをしていたときの夜から深夜にかけてのバイト仲間での飲み会で、主婦バイトが子連れ、夫も同席して飲み会に参加していたのだが、その夫とやらが携帯電話を弄ってばかりいる宅夫のことを挙動不審だと漏らしたこともあり、深夜の三人子連れの家族に特別な嫌悪感を感じる彼は、店内で奇声を上げて走り回る二人の子供、殺そうかと思った。椅子を頭に叩きつけ続ければ死ぬだろうか。しかし机の角の方が有効に使えそうだ。父親と見られる男は肥えていて、色付きの眼鏡。食べ物を残すなと子供に諭しているのをみてまた宅夫はむらむらと腹が立ってくる。距離をおいてカップルがいる。女が奥の席、男は手前の席。誰かが決めたルール。宅夫は以前スポーツ観戦をしたときのことを思い出す。前の席がカップルでスポーツ観戦に集中できなかった思いだ。彼らはコンビニ弁当を突きあって食べており、その平凡な仲睦まじい様を眼前背後で見せ付けられ続けて発狂しそうになり、貴様らには幸福を分け合おうという観念がないんだ、なぞと心中鈍く熱くなったものである。それ以降、カップルを見るたびにその思いが煮えくり返る。
 ハンバーガー店を後にした宅夫はそれから安いビジネスホテルに泊まり込む。
無断欠勤から三日目、世話になっていた上司から電話。
「いいか、人間はなるようにしかならないんだ。お前はまだ若い。考えすぎない事だ。俺たちに出来る事は明日も明後日も会社に行く事くらいだ」
陳腐な台詞だと思った。そうですね、と薄ら笑いを浮かべながら電話を切った。
彼は高校時代、意中の大学を受験し、失敗した。そのときの挫折感を引きずっているとは思いたくなかったが、やはりどうにも納得が行く進路を歩んでいる感触は無かった。ブルーワーカーであることに誇りが持てない。どこに行けば楽になるだろうか。
 とりあえず電車に乗ることとする。昼間、ホテルを出て歩くと、春休みだろうか学生らしき連中がバカ面下げて私服で右往左往としている。駅に行き、プラットホームで待っている連中を眺めてみたが、分別そうなビジネスマン、莫迦学生、年寄り、大体そんなぐらいだ。電車が来た。すぐに席を確保する。古臭い車両ゆえに食い物の欠片のような臭いがつき物だ。決まりきった車掌のアナウンス。フリースのポケットからアイポッドを出し、曲を聴く。キヨスクで買ったコアラのマーチを貪り食う。