間抜け

月曜:粉塵塗れ
火曜:粉塵塗れ
水曜:休み(ふぬけ)
木曜:修理
金曜:修理(雪塗れ)
土曜:待機(雪塗れ)
日曜:休み(まぬけ)

 灰色の鬱々とした雲からは興ざめの低温物質が夥しく降り注ぐ。冷え切った機械からは踊り狂ったような粉塵が夥しく体に降って来る。
 市民二十六歳は、人を愛する術を知っていない。外回り中、作業をしていると車に乗った老人がこちらに話を掛けてくる、道を教えてくれ、謙虚さがない老人のようで嫌であった。しかし拒否することなく、道路地図を持っていたので解説しようと努力した。が、どうにも分からないので断念した。礼は言われなかった。
 余所余所しく、どうもどうもと他人と真顔の挨拶、社会人に必須な所作であるけれども、それも取り繕う度に綻びが出ている気がして、傍から見たらとんでもなくへどもどした挨拶になっている気がしてならない。沈黙こそ金、としていた「学生」が、沈黙こそ毒、という「社会人」に矯正されていく過程をもがく、その様は当人にとっては無様に思えるものである。震える気持ちを静める何かはないものか。
 労働生活の中で週に二日間休みがあるとすれば五日間の労を労うべくそれなりの褒美めいたものを休みに嗜むべきなのであるが、私には無趣味ゆえに何もないのであった。そうして刺激を避けた、溺死した猫のように背を丸めて、まるで宿命に対して諦観でも在るかのように脳内を慢性の鬱的状況に押し込んできた。しかし、うすうす気づいたのだが鬱的状況は一触即発で化け猫の如く悪い方向に爆発しかねないので、趣味を作ることにした。けれども雪が解けないので実行できていない。
 辰年だというのに性欲はないようである。冬の寒さと露出した異性を街で見かけないのと体調が問題であった。
 腹が減った。わかめラーメンが好きである。わかめを食べていると妙に安心するのである。大雪の中、カラスが餌を求めて飛び回っていた。夏場では捜索しないような細かい箇所までも餌を探しているようだ。田舎のカラスはまるまると太って、そしてどうにも臆病な感じがするが鳴き声がどす黒い、「ガーガー」。
 昨日、仕事で事務所待機させられた。大雪で機械もあまり動いていないので何もないのである。待機となると何もすることはないので通常楽と云う認識をするのが相場である。しかし待機となると他の者と雑談めいたことをする空気となる。私は不幸なことに気楽に他人と世間話などどうしてもできない性質で、嘱託の老人や事務員に自分の身の上を洗い浚い、それこそカラスの嘴のように突かれでもしたら、と思うと恐ろしく、温い室内から厳寒の外界に逃げ出したくもなった具合である。しかしながら当たり障りない会話が続き、そのうち老人が外へ出て行き、まんざらでもない面持ちで複数の焼き芋を抱えて戻ってきた。差し入れだそうだ。戸惑いながらもホクホクとするその甘い美味な芋を皆で食べつつ、老人に感謝の念を持ち、完食した。この日はほとんど仕事をしなかった。
 週末。髪が伸びたが、切った後の寒々しさを考えると躊躇いを覚え、行かなかった。それもあるが、理容店の人間は何を考えながら私の髪の毛にハサミを入れるのだろうかなどと考えながら数十分椅子に座る心境にならなかったのが一番の行かなかった要因である。狼狽しながら「前髪を短くして下さい」。小中時代はこの一言だけを発するのに相当の気力を使い、そうして物憂く椅子に座って毎度おなじみの商店街脇の理容店のオヤジが髪を切り始める具合であった。あれこれと風変わりな髪型を施す人間が同じ人間と思えなかった。
 雪が止んだ。ぼんやりしている。世間的価値、そんなことはどうでもよい休日である。