「カイジ 人生逆転ゲーム」

今見ているこのシーンは数時間前にも数時間後にもこの映画館のこのスクリーンで放映されている。これから数週間毎日放映される。そしてDVD化、ブルーレイ化して数十年後にとある少年がこの作品のこのシーンを見ているとき、自分はどうしているのだろうか。映画館へ行くと、決まってこういう思考になって佇む。
この映画、体温を上げる映画である。藤原竜也の演技がセンセーショナルで(彼はいつだってそうだ)、心情把握がしやすく、駆け引きの点も充実しており緊張感を保ち続けられた。
あらすじは、つまらない人生を送っているカイジに借金の取立て遠藤がやってきて、ギャンブル船に乗り込み限定じゃんけん30分、チンチロなしの地下編、電流鉄骨渡り、Eカードをやりおおす展開。冒頭は宝くじ売り場。スクラッチを外し、通りすがりにいきなり「キモい」呼ばわりされるという原作よりも哀しいスタートとなっている。中盤でのビールを飲むカイジ、あれを見たら誰だってビールを飲みたくなるだろう。最後は、、まあよかった。


行き詰った感情、嫌な期間をどう暮らすか誰も教えてくれない。何かを前進させなければならないことは何となく分かる。だが、毎日鬱々とし、イラっとし、何かの拍子で一生取り返しのつかない過ちを犯すことだって充分ありえる。そんな状態だから、誰かが間違っているから、自分はまだ途中だ、と無理矢理自分を納得させようとする得体の知れない日々を送っている。
人生というのは世間というのはいつだって個人対個人の争いだ。個人に勝って、また個人に勝って勝って勝って生き延びられる。負けて負けて世の中を知ったかで乗り切ることは難解そうだ。幸福、不幸、全ては個人が持っている。この映画、というか『カイジ』は「個人対個人」に支配されている世間の縮図を分かりやすく表現して、かつ“生き延びる工夫”をテーマとしているような気がする。
見終わって胸の奥で鳴るものがある。発車のベルか、単なる心臓が動く音か、それは分からない。「カイジ」という作品を一欠けらの感動として、これを明日の個人との対決へと繋げることができるかは自分次第だ。

・印象に残った俳優
藤原竜也
香川照之
山本太郎
光石研

・印象に残ったもの
ビール
カード類

ざわざわ音

公式サイト