その23歳2ヶ月

死にたい。ただそう思う。
自分の性格というのは立て直すことができない。忌まわしい空虚な過去をただ身に纏って生きていて何に成るというのだ。
誰も問わない、近寄らない。
外部との接触により他者と自分の醜さ、軽薄さを対比させ、あますところのない恐怖心を抱く。「どうしようもない無能だ」と心に浮かび、やがて萎えきる自分。どうにかしなければと思うがすぐに「無能が何をしているんだ」と躊躇いも無く口々に文句を言われている感覚。見苦しい。
若ければいい、そんな免罪符は要らない。「若い」という言葉が嫌いだ。世間が嬉々としてこの言葉をとても前向きな意味として捉えているが、到底そうは思えない。肉体的、精神的に若いことが得だと思ったことはない。機能というものが発達していることが良い考えが愚考に思えて仕方が無い。年の功、自分にはない。
こうすれば得、こうすれば損という微妙な選択肢を選び続けた結果できあがる地位。いかにも「選び抜かれたもの」というのは選択肢を入念に選んできた人間たちであり、むしろ「選び抜いたもの」といった言い方をした方がいい。また、選ぶ札というものが生まれて最初は用意されており、それを継ぎ足してくれるのが親であり、兄弟であり、友人である。そういった札を舐めくさっていればあっさりと駆逐、淘汰される仕組みの複雑さ、痛感している。
自分が最初に狂ったのは三歳だ。局部を触られた。触られた感触はとても嫌な感触でこのまま永延と一生残るのではないかと悩むほど苦しみ、狂った。感触を追い払おうと玩具で遊んだりしても、菓子を食べてもあっさり感触は戻る。むず痒い忌まわしい気持ち。無論、当分後に知った言葉だが、「強迫観念」というものを最初に痛感した出来事だった。この体験が今現在に至る、苦悩する際の癖、常人とは少し違う性癖というものを形成していった。
殺人、強姦、事故、自殺。負に正が勝てるわけが無い。自尊心を持ったとしても生き続ければいずれこういったものと何らかの形で関わる羽目になる。負に支配されている世の中に佇んでいて笑っていられる人間こそ狂人ではないか。そんな狂人の優越感に浸されて劣等感を感じている滑稽さ樽や否や言いようもない。
起床、胃に食、糞尿、就寝。虚しい。規則を破り続けてしまえば人間、基礎がなくなる。薄気味悪い応用だけで基礎がないというのはとても汚らわしい。今からどうしても無理だ。罪悪