ノリきれてない人

仕事が終わりかけていた頃、課長から電話がやってくる。「仕事を切り上げたら○○に来てくれ」と言うので、○○という店に向かうことに。
数週間前からこの日(24日)の晩は空けとくようにと言われていたのだが、どこの店に行くとかは一切聞かされていなかった。やれやれまた大衆居酒屋だろうか、と思いながら有料駐車場に車を停めて店に向かった。
○○という看板を見つけ、店に入ると突如、揺り動いた雰囲気が身を覆ってきた。前の方にはギターで演奏中の人がおり、20人ほどの客が耳を傾けている。ここはジャズ喫茶だ。課長が手でこまねくので席に座る。どうも大よそ日替わりでそんなに有名じゃないミュージシャンがこじんまりとした店内でミニライブなるものをやっているようで、この日はアコースティックギターの使い手が軽快な音色を響かせていた。
飲み物を注文する必要があり、ビールとつまみを頼んで、とりあえず聴き入っていればいいというわけだが、物音をたててはいけない雰囲気が蔓延しており、何の予備知識もなく入店した私は瞬時に暗黙のルールを探らなければならなかった。どうやら一切合切喋らずにとにかく音に聴き入って、適当にリズムに乗ってりゃいいんだな、という状況をとりあえずは理解した。が、ノリきれない。あのおっさんノッてるなあ、とか駐車場代一日だと相当高いなとかどうでもいいことばかり考えていた。店内の雰囲気はランプやらレコードやら落ち着く空間が演出されており、まあ軽トラの車内に閉じ込められた生活を送っている者からしたら異空間といったところである。
ライブの前半が終わり、休憩。課長から仕事上のアドバイス。心を読んでますなあ。私が悩んでいることを探し当ててさらに忠告までする有様。年の功だ。
後半。客は盛り上がっているが、聴いたことある曲ばかり。カバーばっかだ。うーむ、アコギねえ。よくわかんねえ。とりあえず拍手しとくか。アンコールって二回もしていいのかよ。などと思っているうちにライブは終わった。


店を出ると課長、男性同性愛者の飲み屋に行こうと言い出し、ひたすら歩く。歩いていると、この一歩はゲイ的な飲み屋に進む一歩なのか、と思うと酷く狼狽した。店は寂れた街中の一角に佇んでいた。店は勿論寂れており、パネルが濁っていた。課長が戸を開け、「ここは飲み屋ですか?」と尋ねた。奥から奇怪な男が外に出てくるのである。
「あぁーん?なにいってんの?」
まるで老人と思われるシワを抱えて女装した店主である。不吉な予感がした。
「ゲイの方ですか?」
パチーン!
店主は両手で何かを叩いた。濁りつつも光を放つパネルに虫が寄ってきていたのだ。
「ゲイじゃない。女だよ!」
怪談じみた台詞に思えた。
「胸を見せてあげる」
その爺店主は何の前触れも無く胸元をぺろリとめくり上げ…。これ以上の記入は臆病な私にはできない。忌まわしい、思い出しただけで忌まわしい。