ひょうふっと博多(前編)

 年末年始の休みは六日間。休みが終われば会社がある。嗚呼、もう学生の頃のようにはいくまい。それでもゴールデンウィークもシルバーウィークも無い環境で卑屈になりつつも何とか年末年始の休みに突入したのである。そうとなれば自宅に閉じこもるなんてことはできず、私は旅に出るしかないのである。
 目的地は博多にした。理由なんて、福岡ソフトバンクホークスが日本一になったことに触発されたといえば聞こえがよいが、実際はただ単に行きたいと思っただけで理由なんて無い。いや理由はあった。雪国じゃなく、自身が行ったことがない土地である、観光地である、都会である、なんだ結構あるじゃないか。理由なんて無い、と何も考えずに口走ってしまうのは私の性格である。
 とりあえず新幹線の切符を一ヶ月近く前に予約し、観光目的地の情報を収集する。1月2日を本格的に観光する日としたのだが、其の日は目当ての「王貞治ベースボールミュージアム」が休みの日であった。ちなみにHKT48も其の日は休みであった。そうしてやる気をなくした私はノープランで行くことに決定した。
 出発数日前、切符を発行しに行く。駅前から駅構内のみどりの窓口を目指す私は時速約4.2キロほどの速さで歩行していたのだが、真後ろから早いスピードで歩く女性が猛追してくる。その女性は時速約4.3キロほどの速さである。さて、どうしたものか私は比較的同程度の足の速さで歩く者に猛追されて、抜かされることに比較的嫌悪感を覚えるタイプの人間である。となるとその女性に抜かされることは許されないのである。そうして私も時速約4.3キロほどの速さで歩き出したのである。すると、並走ならぬ並歩する形となり、見知らぬ女性に真横で同程度の速度で歩かれることに比較的嫌悪感を覚えるタイプの私は、時速約4.4キロほどの速さまで速度を上げたのである。しかしながらなぜか女性も追いすがってくるので、疲れた。人生諦めが肝心と、時速を4.1キロほどに落とし女性を先に行かせることにする。女性の風貌は妙である。蛍光塗料を吹きかけたような真っ黄色のフリースにジャージズボンにシマウマ柄のハイソックス、姿勢はよろけそうなくらいの前傾姿勢である。その原色の使い手と云った具合の女性は自動切符券売機に駆け込んでいったのだった。すると女性は次の瞬間、申し合わせたように財布から小銭をぶちまけていたのである。そんなことはどうでもいいのである。
 私はみどりの窓口前に到着し、複数の窓口の前でフォーク並びで待っていると、ようやく自分の番と云うところなのに別の口にやってきたばかりの女性があっさりと窓口に向かっていってしまった。よほどの権力者なのか、何なのか。口には「予約している人専用」とか地面に書いてあるのだが、いまいち要領が掴めない。まあいいかと数分待ち、ようやく自分も窓口に進む。
 そんなこんなで切符を発行し、意気揚々と出発当日の元日を迎えたのである。その日の朝、私は長い間、ある者とメールをやり取りしていた過去があったので、社交辞令の意であけおめメールを送ってたのであるが、一瞬でエラーメッセージが届き、いつの間にか完全なる縁切れをされていたことに正月早々気づかされる羽目となったのである。私は瞬間的に酷く落ち込んだのであるが、しゃーねーよ、まだ始まってもねーよ、みたいな空元気で自分を鼓舞したのである。そうして、地元駅に到着する。元日と云うのに予想より混雑している構内を歩き、特急に乗り込むのである。
 特急では窓側の指定席を予約していたのである。中はそれほど混んではいなかった。指定席で空いているというのに隣に人が着たら嫌だな、と思ったものの結局通路側には誰も座らず、新大阪駅へ到着したのである。同じ号車で癪に障ったのは永延と喋り続ける子供がいたことである。おそらく三、四歳ほどの小児で言葉を覚えたてで喋りたくて仕方が無いという関西のノリの生活を営んでいるように思える。
 新大阪駅にて乗り換え時間十数分ということで息を切らしながら新幹線ホームに走り、のぞみに乗り換えたのである。のぞみでもやはり窓側に予約しており、通路の左側のABCのA席を確保していた私は颯爽とその場所に向かったのであるが、BCは先に若手のカップルが座っている具合である。あろうことかその二人は脚を伸ばし、さらにはBの男の足元には荷物が置いており、まるでバリケードされているような惨状である。一瞬配慮の無さに腹立たしさを覚えたものの、自分が社会人三年目であることを思い出し、「すいません」と言い、A席に入ろうとしたのである。そうするとCの女性は脚を引っ込め、Bの男も荷物を引っ込めようとするも、何かやれやれといった具合で、「(何だ座んのかよ)」みたいな憮然とした表情で脚を引っ込め、私が席に座ると、薄っすらとB男の舌打ちが聞こえた具合である。そうして私は本格的に腹立たしくなり、Aと窓の間の手すりはもとより、AとBの間にある手すりまでも終点まで使い込んでしまったものである。そうして博多駅に到着した具合である。


 まず駅から外に出るとイルミネーションが大っぴらに燈されており、私は感動し、来てよかったと思ったのである。頭の中ではたむらぱん「ちょどいいとこにいたい」が鳴り響く。この博多の地に粉塵塗れのところでない、何かちょうどいいところはないだろうか。
駅前を無目的に歩き出す。



 とりあえず腹ごしらえをしようとするも、ラーメン店はことごとく休業中である。元日なので、仕方あるまい。
それにしても駅をちょっと外れただけで何か深閑と静まり返っている具合はちょうどいいといえばちょうどいいのだが、何か不安でもある。失礼な思いこみかもしれないが、福岡は強盗が多いイメージで、私もこう見えて普段は殺人鬼や変質者から害を被りたくない羊めいた人間の一人なので、戦々恐々とする具合である。

 
 不安に駆られていると、申し合わせたように地蔵の看板が現れたのである。しかしその地蔵が発している言葉は「立ち小便するべからず」である。地蔵の看板の横には大手飲料会社の自動販売機が設置されている具合で、飲んだらすぐ出すみたいな単純明快な人間が横行しているからか、付近の住民が困惑して看板を製作し、立てているのであろう。それも効果を上げるために単に文字だけでなく、地蔵を看板に登場させることで抑止力を倍増させたといったところか。
 


 無意志無目的に歩いていたらキャナルシティ博多という複合商業施設に到達した具合である。施設内を歩いているとオシャレ風な若者が多く、何やら日本語やら韓国語が飛び交っていたり国際的な人間も時折歩いており、グローバル視点というのは素晴らしいものである。私の頭の中には少女時代「MR.TAXI」が流れてくる具合である。
 一部には遊蕩的な爺さんも歩いていたり、爺さんは爺さんでババンババンバンバンと云った具合で楽しそうである。



 施設内ではラーメンスタジアムと云うものがあったが、スタジアムと云っても別に下図のようにラーメンで相手をなぎ倒して勝ち抜くようなスタイルではなく、純粋に全国8店のラーメンを賞味するスタジアムである。



 施設から外に出た私は、漠然とした人恋しさを思い出し、あさましく遠くに見えるラブホテル群を指を銜えながら眺めきっていた具合である。


 そんなセンチメンタリズムは捨て去れ!強くなるのだ!傍観者をいつまで続けるつもりだ!などと息巻いて泊まるビジネスホテルに出向く。私の持つ世界とは何なんだろうか。その世界の正体を少しでも明らかにして、明日へ向かいたいと思いながら眠るのであった。