虚仮生活(十)

 十月最後の土曜日、金輪(かなわ)はバスに乗り、電車に乗り、F駅へ向かう。道中、老人の酸っぱい臭いに厭になったり、女子高生の人生を舐めきったようなくちゃべりなどが厭でも耳に入ってきて散々殺意を抱いたり、ぎゅうぎゅう詰めの車内で女性が近くに寄ってきて、おや?と思うなどして、無意識にこの手が自棄糞になって痴漢でもしやしないか不安になりつつ数時間掛けてF駅へやってきたわけである。
 F駅の改札は駅員が手で捌いている具合である。改札を過ぎると駅前ではTPP反対の軽い演説をやっている。年齢不詳の女性が「TPPが制定されると日本は終わりま〜す」とわら半紙片手に少々間の抜けた風にマイクも使わずに述べている具合である。聴いている者はほぼおらず、金輪は「(日本はもう終わってるだろ)」と内心、嘆きながら素通りしていった具合である。
 金輪は腹が減ったので近くのカツ丼店に入店する。そこそこ知名度のある店であるが、入った瞬間からそれはもうブヒといった具合の太った丸顔の豚女店員が酷くやかましい。それは本当にやかましくて殺意を抱く具合である。「ねっこれ、皿片付けといてねー♪♪」「はあい、定食でますよお〜♪」などと豚女店員が糞フレンドリーに厨房の男店員に言葉を投げかけるのだがこのノリが永延と続き、此方、撲殺したい衝動を抑えるのに必死である。コンビニなどでもそうだが、店員同士が労苦を客前で大声で話しているときほど店のプロ意識の低さを感じさせられることはない。
 しかしまあ入ってしまったものは仕方が無いので、「すいません注文」と述べるが、裏で二人、男店員と豚女店員がこそこそちちくりあっているようで全く反応が無い。「すいません」「すいません!」「すいません!!」と徐々に声を大きくして四回目の問いかけでようやく注文を取りに来た。昼下がりのピーク過ぎの時間で店員のモチベーションが著しく低いのだろうか、と狼狽する。とはいえ運ばれてきたカツ丼は旨い。味は文句ない。そのうち他の客が「ごちそうさん!」など叫んでいる。しかし、一向に店員が気づくこともなく、会計をしようとしない。自分の以前バイトで勤めていたラーメン店なら社員に激怒されるような接客だ。難聴の店員しかいないのじゃないかとさえ思わされる。何度か叫んでようやく会計に訪れる店員。
 自分も食べ終わり、レジに伝票を持って行ってもやはり全く気づかない。仕方なく「お会計お願いしま〜す!!」と叫んだ。叫んでる間もひそひそと二人の店員が裏に潜んでいるのだが、なんだか気味悪くなってきた。味がよくても接客がこれじゃあなあといった、ソ連人が日本人を接客するような接客であった。
 店を出て、無目的にうろつく。知らない街をひたすら散策する。田舎過ぎず都会過ぎず、場末の雰囲気もあり、いい。歩いていると道端にちょっとした歴史部屋みたいなものもあり、小児科みたいな臭いがする部屋の中には武士の書き物なんかが飾ってある。自分にはこういった地方の県庁所在地があっているようだ。
 そうして歩いていると地図があり、女子高が近くにあるとのことで、金輪はあろうことか女子高の近くに行ってみようと不審者めいた所作を取り出す。
 女に飢えきった金輪は女子高の建物を見た時点でやや満足した面持ちでその場を足早に去っていったようである。金輪は、性欲が歪みきって、このままでは自分は女子トイレのマークに欲情しだすのではないかと危惧するといった具合である。
 そうして帰路に着くわけであるが、金輪は電車内で特にやることもなく「人間合格」という小説の案を練る。幼少期から女にまったくもてない鼻蔵という主人公が日頃肉体労働に勤しみ、夜は商店で買った酒とつまみで自分を癒す日常を過ごし、特に何も出会いも無く人生を無為に過ごしているわけだが、ある日、川で溺れた見知らぬ女を助けようとするも、鼻蔵も溺死してしまうという話である。そんな彼の最期の言葉は「人間合格!」というセリフである。溺死する寸前にも関わらず、なぜそのようなセリフを発したかを鼻蔵の生い立ちからを元に検証していくといった話である。
 地元駅に着く。夜になると、薄着ではやはり寒いようで、金輪は他人の秋ファッションを観察して、やはり世の中進んでますなと、疲れた風に言葉を発した具合である。今日も仲間は見つからなかったようである。(終)