草臥れ者の模式図

 二人は駅構内にある小さな居酒屋に入った。待ち合わせた中年の男の名はジョージといい、手の平にスマートフォンを乗せてこちらに女の画像の映った画面を向けてくる。この娘はこれまででいちばんいい生徒だったんだよ、沢山贈り物をしたんだよ、誕生日祝いもしたんだよ、だけど寝てくれなかった。そう言って女に電話を掛けまくっている。電話に出てくれない挙句に金輪際くんも電話を掛けてくれないか、などという始末。女は三月まで学生だった、女のバイト先のカフェに女の居所を聞いたら三月中旬にバイトを辞めたとだけ応えられたという。終わったんだよ、とっくに。ここから先は付きまといコースだよ、
 諦めの悪い中年男の顔はもともと彫が深く、悲壮感に包まれているかどうかは読み取れなかったが、無精髭にマスクを付けてユニクロ製品に身を固めた固太りの濃い男は気が変わったように酒の呑み方を教えてくれた。そうして会計時には公職選挙法云々で誰が見ているか分からないと言われ、割り勘とされるのである。二軒目に向かうタクシーの車中。教え子に恋愛感情を抱き棄てられる中年の感情、どういうものか考えていた。田舎から有名大学、県庁に勤めて紆余曲折あって講師をしているというジョージの感覚はソフィスティケートに見せかけてこっぴどくピュア、うんとピュアなものなのかもしれない。
 うんちゃん、こっち、あっ間違えた。あっちだ。あっ違ういや、ここじゃない、ここだ、おいうんちゃん、ここでいいよ。ここでいいだと、さっきから何回道案内間違えてんだ!しかもワンメーターだ。いい加減にしろよ名刺よこせ!
 気付いたら個人タクシーのオヤジがジョージにブチ切れていた。あやまる、失礼なことをした、お釣りはいらないから。乞食じゃねぇえんあ釣りは取れ名刺よこせ!
 二軒目の予定だった店の中からは騒ぎに気付いたごろつき風の輩がわらわらとやってくる。ジョージが明らかに困惑している。ごろつきがタクシー運転手に向かって、金もらってんだから我慢しろ!などと罵っている。別のごろつきが運転手のネームプレートを奪取する。返せよ!バカ野郎、タクシーが言い気になるなよ、返してほしかったら…!
 客に怒っていたタクシー運転手が、偶然居合わせたただ騒ぎたいだけのごろつきにやられている。ジョージさん、今のうちに逃げましょうよ。
 路地に逃げる。喧騒は遠ざかる。大丈夫ですか?十分ほど歩いて通りに出る。繁華街から程遠い。タクシーが通りがかるも、乗車中だ。歩こう。狭い家が立ち並ぶ路地をただ、歩く、二人、無言で歩く。手がかりになるのは薄い月明かりだけだ。