斜向い日曜日

 寝起き。いつものように金輪は痴呆染みたようにぼーっとしていると、さすがに今日は天気がいいので外出でもせねばと思い、靴下を履くところからフナムシの如くかさかさと準備を始める。
 どこへ行こうかと思い、とりあえず彼は電車に乗ってT駅にでも行こうと決心する。まず最寄のバス停に行く。すると近くの小さなお好み焼き屋のソースが鉄板で焼かれている香ばしい匂いが漂ってきて、少なからずの幸福感を鼻腔にしまいこむ。実際、食べてみたら全く大したことない味であってもただソースが焼けている匂いというものが秀逸なのである。
 バスに乗ると素っ頓狂な声を出す女性運転手で、今まで何度か乗ったことがあるのだが、相変わらず腰が砕けそうな声を出す。途中でスタイリッシュな若い女性が近くに立ち、金輪は思わず脚をじっと眺め、駅に辿り着く。
 駅から電車に乗り、T駅を目指す。普通電車に乗っていると基本的に落ち着くが、狂騒的な乗客が一人でもいると金輪は酷く頭にくるそうである。今日はさほど煩い乗客もおらず、濁った窓ガラスから殺風景な田園地帯を眺めながら、暑い日差しを浴びてのんびりとT駅に到着する。
 T駅に着いたものの、彼はまるで目的もなく、さてどうしたものかと駅近くの施設に入ろうかと思うも、どうも若者テイストで入る気も起きず、てくてくと歩きながら路面電車なぞを眺めていると、歌声が聴こえて来る。駅下の階段踊り場でストリートミュージシャンなる者が70年代、80年代のヒット曲を歌っている。客は三人ほど。金輪はなるほど、と敬遠してそのまま城址の方へ向かう。
 微かに空腹感を覚えながら城址の方へ向かうと、どうもいつの間にか桜の花も見ごろとなっていたらしく、人がごった返している。ぐるぐると散策し、金輪は桜や城の風貌になるほど、と思い、あっさり駅の方へ引き返す。
 駅周辺で若い女の露出した白い脚をじっと眺め、下品極まりない自身の性欲を実感すると、どうにも季節柄、性欲が高じやすいのかなと狼狽し、カロリーゼロのコーラを買い、がぶがぶと呑み干す。
 あっさり電車に乗り、地元駅に戻る。帰路は徒歩にして時間を潰すことにする。河川敷をぼんやりと歩き、桜や川を眺めると、何となくストレスが発散されているような心地になる。
 それから今日は統一地方選挙の日で、御多分に洩れず金輪の地元の県議会も選挙日であって、投票券があるので母校の小学校へと出向くこととなる。そういえば会社にとある候補者が応援のお願いに来ていたのだが、あの候補者は市議会の方だったらしく、その人しか投票する気がなかった無知な金輪は、投票所で途方に暮れることになる。県と市の区別もできていなかったのかとまた狼狽する。
 投票用紙に適当な候補者氏名を書いて妙な思想の者に投票することは避けたいので、已むを得ず、金輪は白紙で出そうかとも思ったのだが、何を血迷ったのか投票用紙に『原爆ボーイ』と記入し、そしてなぜか自分なりの厳粛な顔をして投票箱に投入したわけである。いよいよ彼も飛びぬけた錯雑ぶりが高じ、常識に囚われなくなってきたようである。
 そうして金輪は「投票をした」という一つの事実にやや満足した面持ちで小学校を後にし、近くのコンビニでジュースを買い、またがぶ呑みすると、急速に虚無感に襲われだす有様である。