マザーシップ



 昼食を食べ終えると、なんでもないと思いつつ、着替える。車に乗る。エンジンキーを掛ける。発車する。持ち合わせが少ないので、銀行に行ってなんでもないとATMで二万円を下ろす。
 自分一人で自分一人の意思しか持ち合わせていないのだからいつでも反故にはできる。だからどうでもいい感じで行動してホテルに向かう。駐車場に停車し、ホテル玄関に入り、パネルから安い部屋が空いているのを確認し、手元に差さっている鍵を抜く。パネルが光る。
 エレベーターの前でボタンを押し、待つ。周りには誰も居ない。エレベーターが開き、中に入り、部屋の階のボタンを押し、階に着くと部屋に向かう。鍵穴に鍵を差込み、ドアノブを押すと部屋に入ることができる。
 部屋に入り、まず今朝方のニュースが頭にあったのでビジネスホテルに必ずある避難経路のようなものがあるか無いか確かめるがここにはどこにも張ってない。窓すらもない。光はない、けれども灯りはある。カラフルな照明が非日常を演出する。ベッドの白いシーツには忙しくカラフルな色が映える。加湿器、ゴミ箱、いろいろあるが、必要はなさそうだ。なんでもないと風呂に湯を入れる。
 携帯電話を開く。店のホームページを見る。電話をしようとするが、躊躇う。これから電話で知らないおっさんに俺は性欲を欲していると言うような感じが厭ったらしくて、自分自身に耐えられなくなってくる。ここに来て何を言ってるんだと思われるだろうが、なにしろ三年ぶりだ。
 電話をしなければ、ホテルの一室、何もすることはない。手淫でもして退室するというホームラン級のバカ行動も一理あるか、などと考える。ここまでトントン拍子に来ていたが、一日の中で初めて次の行動選択に悩む。
 灰皿が置いてある。煙草を吸う人間ならば、吸っているような状況だろう。煙草を吸わない。火災要因になりやすいという理由もあってもともと煙草は吸わないし、意識して一番下の二階にした。四階だと火事になったら逃げにくい。くそみたいなホテルでギシギシいうベットで燃えながら死ぬのは勘弁だ。 
 などと考えているうちに死ぬ前に女くらい買ったって別にいいだろ、と無理やり前向きな気持ちを持って行き、電話をする。
 「はい!○○でございます!」という気合いの入ったおっさんの声。「サービスお願いします。○○じゃぱんを見ました」と言う。
 「場所はどちらで?」「○○ホテルの○○○号室」「それでは向かいます」「はいお願いします」。
 それから30分弱、待ち時間というものは狂おしいものだ。ドアをノックされるまでの気分の昂揚だけでも大金を払う価値はあると思う。頻繁に風呂の湯量を見に行く、ソファに佇む。
 トントン。ノックだ。ドアを開ける。太ったギャルである。迎え入れる。太ギャルがブーツを脱ぐ。沈黙。気まずい。二人、ソファに座る。
 鼻水が出る、というギャル。ああそうですか。花粉みたい。花粉、まだ飛んでるの?まだあるんじゃない?待機室がコンクリートの打ちっぱなしの陰の部屋で寒くて。へえそんなとこで待機してるんですか。時間どうします?60分。分かりました。[店に電話]。では1万7千円です。はい(HPで見たのより高いな…)。シャワー浴びますか?はい。
 ストッキングを脱ぎ、上半身を脱ぎ、下半身を脱ぎ、太ギャルはあっさり全裸になっていた。商売人は男の前で全裸になっても何の感慨もないのだろう。連られるように何の感慨も無い装いで全裸でシャワー室に向かう。うがい薬でうがいをする。それ用の消毒石鹸で性器など股を洗ってもらう。気持ちがよいのかくすぐったいのか苛々するのか分からない。はい、上がってていいですよ。風呂に湯が溜まっているというのにシャワーだけで外へ出される…。
 女もいろいろ洗っておられるようで先にベッドインする。耳を澄ましても音と云う音は大して聞こえない。他の部屋から微かに響く男の声やたまの足音の軋み音があるくらいか。割と新しいホテルなので防音もしっかりしているようだ。
 女が横に寝る。話はさっぱり弾まない。沈黙する。丸みを帯びた太った故にでかい胸、何の感慨もない表情の女。冴えない気分になり、天井を見る。しばらく女は何も発さず、ただ寝ているだけなのでさすがにこれはどうしたものか、と女の乳首を擦る。そうしてデリヘル三年ぶりなんですよね、などと話したくも無いことを話すと女も話し出す。久しぶりならじゃあ今日は攻めて見ようかなどと述べる。女が俺の乳首を舐めて来る。公衆的なデヴが、何を舐めてんだ。畜生、俺は何、金に頼ってんだ。急に情けない感情が競り上がってくる。そうして次に性器も舐めて来る。快感というより違和感が強い。俺は何をしにきたのだろうか。「抱きたいです」。確かに、そう言った。俺は舐めてもらいたいのではない、抱きたい。
 抱く。今まで幾人ものおっさんどもを抱えてきたであろう太った女の胸に顔を沈める。何も考えずに沈める。
 誰かに気持ちの弱さを受け入れて欲しかった。誰かに包まれたかった。女の胸の中で自分が欲していたものにようやく気づいた。
 そうして女はまた横になり何もしなくなった。マグロ豚。時間が来てシャワー浴びて着替えてホテル代を精算して部屋を出た。
 灯りではなく光が舞い込む下界には無気力なため息が潜む。弱虫は母性を欲しているのだ。