でも僕は、その日もやっぱり会社に出たのだ。

 自分は歩いている、晴れの日の下で働いている。唐突に自分は月のような位置からその自分を眺めている瞬間がある。ああ、確かに自分は二本足で立って、作業着を着て、仕事をしている。その事実が軽い眩暈を感じさせる。 自分の肉体がこの世にあるという事実は漠とした不安を引き起こさせるのだ。「いったい、この肉体はどこへ行くのだろう」


 盆明けの一週間はしんどかった。月曜から土曜まで、日曜も電話応対。会社は秋が繁忙期ということもあり、もう当分、まとまった休みは無いのだ。いつまで働けば連休だ、という考えもできないし、仕事が面白いと思えない。もう五年もこの調子だ。
 何も成長が無い、流石に君も苦笑するだろう。しかし会社に出続けている。有給休暇も取らずに律儀に出社している。人生の設計を立てぬままにのっぺらぼうの惰性で生きている。君、僕にとっては笑い事じゃ無いんだ。
 お百姓のために死んで行こうと覚悟をきめられないのだ。お百姓なんかどうでもいいんだ。犯罪、貧困、なんでもいいんだ。えい、何でもかまわぬ早く死にたい。でも目まいと、悪寒に纏わりつかれて死にたくないね。死んで何万光年も夏の暑さも冬の寒さも対人関係の苦しみも味わない保証はないのだ。死んだらもっと苦しい世界が待っているかもしれない。だから惰性でも金を稼ぐしかないのだ。歯医者で味わうような冷汗とサウナで味わうような脂汗を同時に掻いて、軽い熱中症片頭痛で悪夢的な苦しみを味わいながら気が遠くなりそうに仕事していたら、死ぬ前に僕はもう仕事は投げ出して何かで有名になりたいと思った。それでも覚悟まで至らない愚かさ。不幸を愛するつもりも幸福を愛するつもりもない愚かさ。
 またある日、粉塵と汗に塗れて寝ころんだ時、がっくりうなだれて、アイフォンを見たらジョージからエロメールが来ていた。中折れがどうとか書いてある。彼は私に借金をしているはずだが上から目線だ。しかし彼のエロメールを見て少し生きる気力を得たことは事実だ。ぐちゃぐちゃの作業着でねっ転がっていると、彼にまた会いたくなってきた。


    平成二十五年八月二十五日

   疲労困憊